【校長室だより】を更新しました。校長 井本晴雄
この三大精神で、人間としての成長を目指しています。
第4代校長
Miss Augusta Dickerson
本校の教育目標は、「キリスト教の信仰に基づき、神の前に誠実に生き、犠牲と奉仕の精神によってすべての人に仕え、神と人に愛される人間の育成」です。
開港間もない明治のはじめ、アメリカ人宣教師M・C・ハリス夫妻が函館を訪れ、女子教育の必要性を説いたのをきっかけとして、「遺愛」は大きな一歩を踏み出した。
遺愛の礎となる「信仰・犠牲・奉仕」の精神は、第4代校長ミス・デカルソンが提唱しました。人間として自分を見直す機会がある時、きっとこの言葉があなたを勇気づけてくれることでしょう。
遺愛女子中学・高等学校
校長 井本 晴雄
2026年が始まりました。
これは単なる1年の始まりではなく、21世紀の四分の一が過ぎたという意味も含んでいます。
2026年は、21世紀の"第2四半世紀"の始まりです。ご存じでしょうか。
ドラえもんの連載が始まったころ、ドラえもんは「21世紀後半からやってきた」という設定でした。
20世紀後半から見た21世紀は、人間の英知が結集した夢の未来だったのでしょう。
ところが現実の21世紀は、戦争や紛争が止みません。
為政者たちは、過去の歴史から十分に学ぶことができなかったのでしょうか。
教育の世界でも、いまは「正解を覚える学び」から、「問いを立て、調べ、考え、表現し、社会とつなぐ学び」へと大きく舵が切られました。
探究活動や課題研究が重視されるようになったのは、将来直面する課題を自分の力で見立て、解決に向けて動く力が不可欠だと、社会が考えるようになったからでしょう。
社会が求める人材は、知識を多く持つ人から、知識を用いて新しい価値を生み出せる人へと変わりつつあります。
しかし、私たちはもう一歩先まで視野を伸ばす必要があります。
いま世界を揺さぶっている課題は、ひとつの教科やひとつの正解で片づくものではありません。
気候変動、分断、貧困、感染症、生成AIと情報の信頼性、そして、人が人として尊厳をもって生きられる社会の設計。
これらは複雑に絡み合うだけでなく、速い速度で姿を変えていきます。
だからこそ、探究や課題研究を「やること」自体が目的になってはいけません。
大切なのは、探究のプロセスを通して、生徒が自らの言葉で問いを立て、情報を吟味し、根拠をもって判断し、異なる他者と協働しながら答えをつくり出していく力を身につけることです。
失敗から学び、粘り強く改善し続ける姿勢も必要です。
何より、見えにくい弱さや小さな声に想像力を向け、正しさだけでなく優しさを伴って決断できる倫理観が欠かせません。
知識だけでなく、共感を伴った判断ができる人間を育てること。
これは私たちキリスト教学校が、時代が変わっても大切にしてきた教育の中心でもあります。
22世紀は遠い未来ではありません。
21世紀の第2四半世紀に入った今、子どもたちにとっては22世紀を生きる世代です。
学校教育は22世紀を見据え、そのために必要となる力と姿勢を今から育てていく責任があります。
私たちが目を向けるべきは「プレ22世紀型教育」だと考えます。
変化に追いつく教育ではなく、変化の先を見据えて準備する教育です。
知識の獲得を確かな土台にしながら、問いを生み、社会とつながり、他者とともによりよい未来を形づくる力を育む教育です。
遺愛学院はその実現を目指しています。
校長室から、折々の行事や日常生活の中で生徒の様子を見ながら、感じたことや考えたことをお伝えします。遺愛生の生き生きとした生活の様子や、先生と生徒のつながりが、少しでも伝われば幸いです。
一
紫青の空 残余の月に
かけり昇る 雲雀の歌に
今も語る 遺愛の歴史
これぞ我等の ほこり
宇賀の浦波 永く護れや
ともに 永遠に
二
春水みどり 秋嶺清し
我等 我等 祖国の為に
みがかんいざ 心のたまを
徳よ知識よ 来れ
我等 たもたん かたく
神なる岩に 立ちて
三
節操の梅 清雅の香り
優に高に 虚栄に勝ちて
真と愛を 永遠の教訓とし
天よ 栄えしめてよ
祝せ 母校の将来(すえ)を
これぞ我等の いのり
作曲 ジュゼッベコンコーネの旋律による
作詞 藤田 とき